大和田聡子さん。1963年東京で生まれ、岩手県の盛岡育ち。岩手山を望む麦畑でパンに向く小麦の育種の開発をしていた父、虎男さんが営む麦畑で遊んで育った聡子さんは、東京で生活するようになると、岩手にあった小麦はどこにあるのか?と、その’’小麦の違い’’に疑問を持つように。そして、父、虎男さんの手によって世に送り出された小麦の品種「コユキコムギ」を受けづぎ、当初、小さかった娘さんをおぶりながら、自宅のキッチンにて、しかも独学でパン作りを始める。友人などの周りの人から徐々にインターネットで販売を開始、その美味しさが評判を呼ぶように。2003年に自宅を改装して「ワルン・ロティ」を開業して以降20年間、「金・土・日」の週3日の営業スタイルを変えず、たったひとりでパンを焼き続けている。
目黒区、洗足駅から徒歩で10分。閑静な住宅街を歩いていった先の住宅に赤色とレンガのおしゃれな作りの建物の一角が目に入ります。
本当に閑静な住宅街の中にあるため、大通りのように「たまたま目に入る」ということは皆無であろうとも思える場所。そんな場所に佇むそのオシャレな一角の正体は、たったひとりでパンを焼き、売っている’’世界一ちいさな、パンとワインのお店.’’「ワルン・ロティ」です。
ワルン・ロティ
「自宅の一角を改装して作ったので、3畳くらいしかないんです。たぶん世界一ちいさいパン屋さんだと思う」
そう語るのは、大和田聡子(おおわだ としこ)さん。聡子さんは、この住居兼店舗である「ワルン・ロティ」を運営しながら、岩手県、平泉でスタートした「平泉ワイナリー」のプロデュースや、ワインレッスン「パンとワインのおいしい夕べ」を主宰するなど、20年に渡ってパンとワインの魅力を伝える活動をされている女性です。
東京のパンとワイン?いったいモロッコと何の関係があるのやら…とお思いの方もいるかもしれません。
実は、この「ワルン・ロティ」では’’パンとワインとチーズと美食を楽しむ海外ツアー’’を毎年続けているそうで、その11回目となる渡航先が、なんと「モロッコ」!2020年に企画していたモロッコのパンツアーでしたが、某パンデミックにより、延期に。そして、ようやくそのツアーが開催できたのが2年後だったそうです。
私自身がこの「モロッコのパンツアー」の企画したわけでも、サポートをしたわけでもありませんが、たまたま「モロッコのパン」という共通点で聡子さんとご縁をいただき、今回お話しをお伺いさせてもらいました。(しかも、モロッコ料理のレストランにて、直接お会いしていただけることに!)
聡子さんがパンとワインのツアーを企画した理由を聞くと、このように語りました。
「もともとはツアーを企画してほしいって営業にこられた方がいて。最初はまぁやってみるか!って感じだったんですけど、世界には色んなパンの焼き方があって面白いですし、日本人はもっと観光地を回るだけではないツアーしてもいいんじゃないかと思っていて、かれこれ続けてきたんです。」
「観光地だけでないモロッコの魅力をもっと伝えていきたい」という熱意が私の活動の始まりだったということもあり、勝手ながら親近感が沸き、聡子さんのちょっとした言葉にはたくさんの勇気をもらいました。
聡子さんにお話を伺った日、私の心に深く残ったのは、モロッコ旅行の体験記というよりも、聡子さん自身のあり方や歩んできた道そのものでした。この記事では、聡子さん企画のモロッコパンツアーの内容を交えながら、聡子さんのお話しを聞いて皆さんにお伝えしたいなと思ったことを書いていきます。
女性起業家の最先端!?
ワルン・ロティの店内
2003年に自宅を改装して「ワルン・ロティ」を開業していらい20年間、「金・土・日」の週3日の営業スタイルを変えず、たったひとりでパンを焼き、売り続けている聡子さん。
今でこそ女性起業家という言葉をよく耳にするほど、女性が自身のビジネスを始めるといことはもはや珍しくありませんが、今から20年前、しかも子育て中の主婦という立場から、コネも場所もない中で、道を切り開いてきたという聡子さんは、「まさに女性起業家の最先端」。パイオニアと言っても過言では無いと感じます。
そんな私の言葉に対して、「結果的には、そんな感じになったんだけどね。」と返す様子からも、聡子さんがこれまで、目の前の自分ができることをひたむきにやってきた過去が伺えます。
パン屋を開きたいという、ある人の話を聞いていた聡子さんは、「コンセプト」だの「どうやるのか、どこでやるか」「他とどうやって差別化をするのか」など…、そういう一見’’真っ当なこと’’を固めてからビジネスをやろうとする人を見て、「今の子って大変なんだな」と感じたそう。
そんな時代を俯瞰した視点に立った上で、聡子さんが自らがやってきたことと照らし合わせて出てきた本音は、
「今自分ができることをやればいい」
「自分をを応援してくれる場所でやったらいい」
とう言葉でした。
実際、聡子さんが営む「ワルン・ロティ」では、もともと何かを売りにしていたわけでもなれば、コンセプトがあったわけでもなかったとのこと。
主婦の方が「あんぱんを作ってほしい」と、お手製のあんこを持ってきたことから「あんぱん」が生まれ、惣菜パンを作ってほしいとお客さんから言われたことがきっかけで、惣菜パンを作るようになったそうです。
「あんぱんに関しては、
そう話す聡子さんの言葉は、私の心にもとても響きました。
ところが、そうはいっても、なにもお客さんや周りの言いなりになるということではありません。「でも、どうしてずっと一人でやり続けているんですか?」という私の疑問に、「だって、誰かとやると色々とめんどうじゃない。(笑)」と返ってきました。
自分のスタイルや好きを貫くという土台を大切にしながら、今の自分ができることを一生懸命にやるというあり方が、きっと20年間もの間お客様に愛され続けて理由なのでしょう。
素朴にパンを作っているのを見るとホッとする
スイス・マルタ・フランスなど、ヨーロッパを中心に、各地のパン屋やワイナリーを訪ねる海外ツアーのメンバーには、普段「ワルン・ロティ」にパンを買いに来るお客さまがとても多いのだとか。2020年に企画していたモロッコツアーでは、なんと30名も集まっていたそうです!
2022年になり、ようやく個人で海外旅行の動きが出始めた中、十数人でようやく開催ができたモロッコのパンツアーの行程もとても面白いものでした。
聡子さんのモロッコツアーの内容は、
・メクネス・ワインファクトリー訪問
・シャウエンの山のパン屋さん、チーズファクトリー訪問
・フェズでホブズとお菓子を焼く体験、映画「モロッコ彼女たちの朝」にも出てくる「ルジザ」をリアドで焼いてもらう&1000年前の共同パン窯を見学
・メルズーガにあるベルベル人のレストランで、ベルベルピッツァを実習
・リサーニの町のローカルパン屋さんを訪問、その後ダデスへ
・ワルザザート周辺のカスバにてベルベル人の伝統暮らしを見学(家庭のオーブンを見る)
・マラケシュのレストランにて料理教室、モロッコ名物パスティーリャをリアドで焼いてもら
と…ざっくりこんなかんじです!
カサブランカ発着で、時計周りに観光地を回る行程は通常のツアーをあまり変わりませんが、とにかくパン・パン・パン!と、パンに触れるイベントが盛りだくさん。このモロッコの旅程を聞いて、「あぁ!なんて素敵な内容なのだろう!」と思わず心が躍りました。
というのも、なにせモロッコの生活には”ホブズ”は欠かせない生活に密着した食の基盤。朝・昼・おやつ・夜と、いつでもパンを食べるモロッコでパンについて深く知るということは、モロッコの暮らしを深く知ることでもあるからです。
※そんな、モロッコパンの旅の様子は、聡子さんのブログにて紹介されています!
「モロッコで色んなパンを食べたと思いますが、印象に残っているパンはどこですか?」という私の質問に返ってきた回答は意外にも、「リサニからワルザザートに向かう途中に休憩で止まった、何でもないローカルの素朴な1ディルハムのパン」とのこと。
1ディルハム(約13円)のホブズといえば、何も入っていないまっさらな小麦と、塩とイースト、そしてちょっとの砂糖と、とてもシンプルなものです。やはり「シンプル・イズ・ザ・ベスト」なのでしょう。
「なんか素朴に伝統的なパンを作っているのを見るとホッとするんだよね〜」という聡子さんの言葉には、ご自身のパンを焼くスタイルと根源が重なっているようでした。というのも、資本もなければ立派な機械もない中で20年間パン屋を営む間、東京ではぞくぞくとオシャレなパン屋さんがでてきているのです。そんな様子を見ては時に、「引け目を感じることもある」と、聡子さん。
たしかに東京では、キャッチーでオシャレなパン屋はいくらでもある。それでも私は、この「ワルン・ロティ」が地元や長年のお客さまにとても愛されているというのが、聡子さんの人柄から伝わって想像できました。そして、偶然にもそれを肌で体感できる機会があったのです。
ワインレッスンで見えた、あたたかい人のつながり
「パンとワインのおいしい夕べ」と称した数々のワインレッスンを主宰してきた聡子さんが、久しぶりに、フランス・ボルドーでワインをつくる日本人女性醸造家をお招きしてワインレッスンを開くと聞き、後日参加させてもらいました。
「現地で習得されたモロッコのパンとチーズと共にワインをいただける」ということにも惹かれたのはありますが、何より実際に「ワルン・ロティ」に行ってみたかったこと、そして「大和田さんの作るパンを食べてみたい!」という気持ちが抑えられなかったから。
当日、電車の遅延で少し遅れて到着したそのワインレッスンの部屋には、なんと30名近くの人が集まっていました。当日振る舞っていただいたモロッコのホブズの説明では、「モロッコのパンよりも美味しくなちゃった。もっと現地のは素朴でエネルギッシュだったんだけど・・」とお茶目に語る聡子さん。
お話しでお伺いしていた、父・虎雄さんから引き継いだ「コユキコムギ」がベースで作られたモロッコのホブズは、しっかりと重みがあるのに食べると軽く、それでいて香りが高く、本当に美味しくて感動しました。翌日、30年間パンで育ってきたパートナーのイスマイルも「このホブズ美味しい!」とペロリと食べてしまったので、美味しさには間違いありません。
ところで、ワインレッスンの会で私が1番印象的だったのは、終わったあとの打ち上げの場で、「みんな元気そうで本当によかったー!」と心から安堵している聡子さんの姿でした。
このパンデミックのせいで、しばしお休みをしていたワインレッスンの参加者は、長年「ワイン・ロティ」のパンを愛してきたお客様がほとんど。実際に、お客様の年齢は幅広く、中にはお年を召した方も多くいるそうなので、いつ顔が見れなくなるかわからないという考えがよぎることもあるのだとか。
レッスンでは、「久しぶり〜元気だった?」と言葉を交わす参加者の方の姿が印象的で、まるで同窓会かのようなアットホームなあたたかい空間が広がっていました。それでいて、初めて参加したある意味’’よそ者’’の私も、その空間は不思議と居心地が良く、やはり「場」には、その「場」をつくる主催者の方の人柄が大きく影響するのだと感じたのでした。
美味しいものを美味しいままに作るのが「ワルン・ロティ」のパン
ちょうどその日の帰り、お店を改装して現在の「ワルン・ロティ」になる前から、インターネットでパンを注文していたという常連さんに話を聞くことができました。
なぜ「ワルン・ロティ」のパンを買い続けているのか伺ってみると、「大和田さんのパンは美味しいものを美味しいままに作るから!」という言葉が返ってきました。たとえば、その方がお気に入りの「シェリーレーズンパン」というのがあるそうなのですが、そのレーズンがとんでもなくジューシーなんだそうです。
「素材にはこだわりがあって、でも他とあまり値段が変わらない」というのも、お客として嬉しいポイントなのだとか。
パンの生地だけを主役にするのではなく、パンはパンとして、フルーツはフルーツとして、小豆は小豆として、ちゃんとその素材を上手に引き出し、それぞれの良さが上手に調和されているのが、聡子さんのパンの特徴です。
それを聞いた時、「なんだかモロッコ料理とリンクしているな」と感じた私。というのも、モロッコ料理の基本は、スパイスで味付けするのではなく、「素材を引き出し調和させる」というところにあるからです。何事も、こねくりまわすのではなく、シンプルが大切ですね。
聡子さんから見たモロッコの世界
最後に、聡子さんが実際にモロッコへ行って感じたモロッコの印象をご紹介させてもらいます。
Q.モロッコは実際どうしでしたか?
A.これまで海外のいろんなところでパンツアーをやってみたけど、こんなに予定通りにいかないことは初めてでした。笑 でもモロッコならではというか、それも含めてとても楽しい体験になりました。
ほんと、モロッコでは”予定は未定’’が茶飯事です。笑 いい意味で、常識なんて無いんだなっていつも思わされます。
Q.一番印象に残った場所はどこでしたか?
A.サハラ砂漠ですね!実は、パンツアーだし最初はサハラは行かなくていいかなって思っていたんです。でも、結局組み込んで実際に行ってみて、あれは行くべきだと思いました。砂丘のてっぺんが尖っていて、なんだかそれに感動しましたね。「どうやって砂が山になるのだろう」と不思議に思いました。
サハラ砂漠は私も皆さんに絶対に行ってほしいと思っている場所なので嬉しいです!一定方向に風が吹いて砂が飛ばされて積み上がりますが、砂自体は重いため、ある程度の高さになると崩れるんです。その過程で砂丘がたくさんあるように見えるようです!
Q. これは面白いな!って思ったことはありましたか?
A. リサニの近くで、オアシスで地元の人が水汲みしているのとか、すごく面白かったですよ。観光地名所ももちろん素敵だけど、その土地の暮らしを垣間見れるのって本当に貴重な体験になると思います。日本人はもっと観光地だけではないツアーをしてみてもいいんじゃないかなって思います!
本当にそうですよね。私もモロッコことを発信しようと思ったきっかけが、観光名所だけでない魅力を伝えたいと思ったからでした。実際にモロッコの暮らしから学ぶことが本当にたくさんあるんです。
まとめ
聡子さんのお話を聞いて、時代がどれだけ変わろうと、どんなに環境や状況が変わろうとも、変わらない「原理原則」が、すべての人に働いていることを教えてくれているかのようでした。
その「原理原則」とは、自分の内側が、そっくりそのまま自分の外側に現れるというということ。環境のせいにしたり、世間のせいにすることはいくらでもできますが、いつどんなことがあろうとも、現実をどう感じてどう捉えるかは、自分にしか決めることができません。
自分が置かれている環境や状況に屈することなく、自分の想いや信念を大切に歩んできた聡子さんだからこそ、今こうして多くの人に愛される「ワルン・ロティ」があるのでしょう。
また、’’無駄を省き、あるものを調和させ、本質を引き出す’’ワルン・ロティのパン”。それは、そっくりそのまま、自分自身を生きるためにも必要なプロセスなのかもしれませんね。何が重要で何が重要ではないか、これを見極めることで、はじめて本質が見えてくるのでしょう。
’’モロッコのパン’’というニッチな情報から、今回ご縁をいただいた大和田聡子さん。私自身、今後生きていくうえでも、羅針盤になりそうな言葉とお話にとても心が動かされました。改めて本当にありがとうございました!
今回お話をお伺いした大和田聡子さんが営む、「ワルン・ロティ」のホームページは下記に載せておきますので、お父様から受け継いだ「コユキコムギ」で作られたパンを求め、ぜひ足を運んでみてくださいね!
「ワルン・ロティ」のホームページ:http://warungroti.com/